随分と、暖かくなった 。
山道を歩いていた時、ふと懐かしい香りが鼻の前を漂った。
甘く、少し尖ったような深み。
思わずその匂いを探した時、枯れ果てた山道の脇に梅の木があった。
「ああ、梅か」
もうそんな時期なのか。思えば如月も末。季節は春なのだ。
そしてこの国もまた、長い冬を終えて新たな春を迎えようとしている。
鳥羽伏見での戦は、つい昨日のようにも思えるのに。
「梅、か」
懐かしい香りだった。
思えば一番身近に在った。
血の匂いでもなく、火薬でもなく。
この、清らかで仄かな香りが……。
白い花弁があの人の着物の色を思い出させた。
黒い幹は、さながらあの人の美しかった髪を。
そして香りは、いつでも囁きかけてくれるあの人の……。
もう一度梅を見上げ、そしてまた山道を歩き始める。
香りはいつの間にか遠ざかっていた。
できれば、春の日差しが強くなるまで咲いていてほしい。
柔らかな風が吹く季節になるまで。
どうか、穏やかに。
春を知らない、あの人のために。
了