【 夏の隙間 】

ふと視線を感じて手元から顔を上げた時、彼は私の手の中の古い着物をじっと見つめていた。

「……どうか、されましたか?」

格子窓の外から京の町の華やぐ音が聞こえてくる。
夏真っ盛り、夜の賑わいを避けるように、彼は壁に背中を預けて刀を抱いている。

「縫い物……上手いんだな」

彼は今更のように言った。
もう一月以上も共に居て、何度も目の前でこうして縫い物をしているのに。

今縫っているのは彼の古い着物だ。破れた部分を繕えば十分に着れる。勝手に引っ張り出してしまったが、彼は特に何も思っていないらしい。
視線はまだ手元に注がれていたが、私は構わず作業を続けた。

針を持つ指先が微かに震える。
彼が見ている……そう思うだけで。
頬にまとわりつく風さえ、今はなんだか……。

「巴、」
「は……はい」

突然の呼び声にまた驚いて顔を上げれば、彼はゆっくりと立ち上がりながら刀を腰に差して手を伸ばしてきた。

「出かけよう」
「は……」

はい、と頷きかけて声が止まる。
いきなり何を、と問う暇も無く腕を掴まれ強引に立たされた。
思わず伸ばした指がいつもの肩掛けに触れた時、彼は部屋を出ながら言った。

「君を、外に連れ出したくなった」

急かされるように外に出れば、そこは夜の闇に提灯の明かりがいくつも揺らめいている。
その火の影に浮かぶ彼の左頬の傷が、今夜だけは何故か私の目に届かない。

どうかしている。そう思うのに、足は素直に彼の行き先に従った。
彼はいつも、こうして私の心をかき乱す。
けれど、それはいつでも私の心を優しくあたためた。

「行こうか」

そうして差し出された手を。

あと何回、握り返すことができるだろうか。