【 春の終わり 】

散り落ちた花弁も、昨夜の雨に流れてしまった。
空の色が、濃い。
「春も仕舞いだな」と言った桂さんの言葉を思い出した。
この部屋から中庭を見下ろせば、そこに赤い柘榴の花と。

「……巴、さん」

その花の下で傘をたたむ女の名前が出てきた。
雪代巴。夕べ、雨の中で拾った女。
見知らぬ女。
京都の女とは違う話し方、たたずまい。そして、誰とも違うその漆黒の目。
何故あの時間、あんな場所にいたのか。
聞く機会を逃したまま、もう夕暮れを待とうとしている。

風がひやりと白梅香を運んできた。
あの女がまとう香り。何故知っていたのだろうか。
どこか懐かしかったからだろうか。
頭を振り思考を弾き飛ばそうとしても、この香りが住み着いて離れない。
そして聞こえる、静かに響くあの女の声。

「……緋村さん」

庭から見上げる女の目にはただ、春の終わりが映っていた。