カカナルトライアスロン 投稿作品 『きらい』

きらい、だなって……思った。

 

目の前の野菜大量サラダの皿。
今朝収穫したばかりの瑞々しい緑の葉が起床五分の目にひどく眩しくてその香りはボヤけた脳にはまだ届かない。はいどうぞ、と言わんばかりに皿の横に置かれた特大サイズのマヨネーズのボトルの存在感は朝からオレを見事なまでに憂鬱な気分へと誘ってくれた。

「どうしたの、ナルト。せっかく俺が採ってきたのに」
「う……うん」

そして、それ以上に。
その皿の向こう、テーブルの向かいに座る……先生。
椅子に膝を立て、更にその上に肘をついて行儀の悪い事この上ない俺を見る顔にはこう書いてある。

「全部食べないと、今日のデートは無しね」
「わ、分かってるってばよ」

任務続きの二人の休日がようやく重なった日曜、朝早く起こされてナニゴトかと思えば大量の野菜を担いだ先生が窓の外に立っていた。俺に会いたくてこんなに早く来てくれたのかと喜んだのも束の間、目の前に置かれたサラダにオレは心の底から溜息を吐き出した。

「ラーメンばっかり食べてると大きくなれないっていつも言ってるでしょ」
「十分成長してるってばよ!」
「まぁ、お前の裸は知ってるけどね」
「!」

思わず頬のあたりが熱くなった。

「ほらほら、早く食べないと昼になっちゃうよ」
「ううううう」

……何だよ、その余裕たっぷりの態度は!
……久し振りに会えたっていうのに……。
……何で野菜食べてからデートなんだってばよ!
……普通なら、もっと……。

しぶしぶフォークをレタスの束に突き刺してみる。一口二口と口に運んでいると先生が目を細めて笑っていた。何がそんなに楽しいんだか。オレが野菜食ってる顔がそんなに面白いのだろうか。しかもどんなに大量でも野菜じゃ腹は満たされない。いつもなら我慢の限界っやつのパワーで一瞬で食べてしまうのに今朝はそうはいかなかった。オレばかり我慢してるっていうのも何だか負けているようで悔しい。こうなれば焦らしながらの持久戦に持ち込んでやる。

「全部食べないと今日のデート、無しなんだよな、先生」
「そうね、最近の荒れた食生活が伺えるからねーお前」

先生の視線が部屋の端にまとめて袋に入れられた空のカップ麺の容器に向けられる。……確かにここ半月ほど任務が忙しくてマトモに家に帰る間もなかった。やっと帰宅できたのが昨夜。ベッドに入る前、明日は久し振りに先生に会えると嬉しさを噛みしめて眠ったのに。

「……何か、おかしくねー?」
「何が?」
「何が、ってこの状況! 久しぶりに会えたオレに何でサラダ食べさせてるんだってばよ! 久しぶりなんだぞ! ずーーっと会えなかったのに!」

持久戦に持ち込むはずが二分で負けを宣言したようなものだ。……が、一旦着火装置が起動するとオレはあっという間に沸点に達してしまう。そこが未熟なんだと……ベッドの中でもたしなめられたのはいつだったか。

「何でそんな余裕な顔して見ていられるんだってばよ! オレと会うの何日ぶりだと……」

思わず勢い余って立ち上がったオレは先生を見下ろすような形で声を荒げていた。心の奥の本音が弾けるように言葉となって飛び出して行く。

「大体何でこんな朝早くから野菜なんて持って来るんだってばよ! 来るなら夜這いだろ普通!」

最早自分でも何が言いたいのか分からなかった。でも心の中にある思いはたった一つの形を守り続けている。先生と出会った日からずっと変わらないこの形。質量だけを増やして一人じゃ抱えきれなくなった時、その手を伸ばして分かち合ってくれたのも先生だった。
肩を揺らして笑いをこらえている先生を俺は正面から睨みつけた。オレはもう恥ずかしさと居た堪れなさで体温が急上昇している。これじゃあ夜這いに来なかった先生を詰ってるだけだ。
……本音は、その通りなのだけど。

「だってさ、ナルト」

ふっと視線を上げた先生の目が、怖いくらい本気だった。

「俺は待ってるんだけど?」
「先生……?」

「我慢できなくなって俺に抱きついてくれるのをさ」

きらい。
きらい。
もう本当にきらいだ。
オレは、こんなあっさりと先生に堕ちてしまう自分がきらいだ。

……でも、悪くない。

フォークを放り出しテーブルを飛び越えて俺は先生の腕の中に飛び込んだ。椅子が引っくり返って背中から床に倒れ込む。派手な音を立てて床に転がったオレたちが、そのまま一日をこの部屋の中で過ごした事は……誰にも言わない事にする。

 

 

 

- 了 -