カカナルトライアスロン 投稿作品 『抱きしめたい』+『恋心』

 

本当にいいんだなと厳しい声で確認を求められるのもこれが最後だろう。
その度に黙って頷いてきたけれど、最後の最後で俺は口を開いた。

「……もう決めたんだ」

そうだな、と溜息のように答えた綱手のばぁちゃんの顔は不安と期待が半々。
その隣にいるサクラちゃんやサイ、そして同期の仲間たちの表情も同じだった。

「ナルト……あんた、本当に……」

サクラちゃんの上擦った声にも緊張が含まれている。
俺は何とか笑顔を作ろうと思ったが、頬は引きつったまま動かなかった。

「大丈夫だってばよ。……俺は、一度言った事は絶対まげねぇ。知ってンだろ」
「そう……そうよね。ナルト、あんたは子供の時からずっと……」

ずっと、今日の日を夢見てきた。
いや、夢を現実にするために走り続けてきたんだ。
火影になるために。
痛くても苦しくても、たった一人で。
……ずっと、一人で。

「もう何も言わん。お前は賭けに勝ったんだからな」
「ばぁちゃん……」

差し出された白い羽織の背には潔いほどの赤が染め抜かれてる。
これを背負う事が生涯の目標であり……責任でもあった。
(今度こそ、俺が、里を)
父ちゃんの姿が目に浮かんだ。母ちゃんの笑顔が胸に迫った。
あの二人に今日の俺の姿を見せられない事が何よりも悔しい。
けれど。

「ナルト。今日からお前が火影だ」

けれど、この姿をあの人に真っ先に見せられるのだから。

「先生……ッ!」

部屋を飛び出して先生の気配を探った。
視界の端で羽織った白い裾が翻る。
(先生……カカシ先生……!)
先生の気配は裏の山の方、その奥にある場所は七班の修練場だ。
(俺……やっと……!)
火影になると先生の前で語った日の事を思い出す。
先生の前で何度も口にしたけれど、先生は一度だってこの幼い夢を笑ったりしなかった。
否定した事も無かった。ただいつも、頭を撫でてくれて。
……それが何より嬉しかったから。
(見つけた!)

「先生ッ!」

大声で名前を呼べばとっくに気付いていただろうにゆっくりと俺を見上げる先生の顔。
(……やっと……火影になったんだってばよ!)
この姿を一番最初に見せるのは先生なんだといつの間にか決めていた。
だから当然、先生は誰よりも喜んでくれると思っていた。

「先生! 俺……ッ」
「おめでとうございます。火影様」

思って、いたのに。
その乾いた声と、作り笑いは……何?

「せ……んせ」
「その羽織、よく似合ってますよ」
「何だよその喋り方! サイみたいだってばよ」
「…………お気に障ったのなら」
「先生!」

いつもの朗らかな笑顔ではない。
上っ面だけの笑み。その目は俺を映していない。

「……先生……?」
「……ダメだよ。もう俺を先生なんて呼んじゃあ」
「どうして!?」
「今日からは……俺の上司になるんだよ」

―――――――――― 火影様。

聞きなれないその名で俺を呼ぶ先生が、とても悲しそうな笑みを見せた。
(どうして……そんな、顔)
一緒に喜んでくれると思っていた。それなのに。

「先生は……俺が火影になった事……嬉しくないのかよ……」

否定して。否定して。どうか、否定して。
願いながら問えば先生はいつものように目を細めた。

「嬉しいよ。……いえ、嬉しく思っていますよ」
「そんな喋り方やめろってばよッ!」

世界が滲む。
先生の姿がぼやける。
(……泣きたくないのに……ッ)

「俺はただ先生に……ッ!」
「お前はもう火影だ。……しかも、世界を救った忍なんだ」

今までのような関係ではいられない。
言外にそう語られれば俺はどうしようもできない想いをただぶつけるしかできないのだ。

「そんなの関係ないってばよッ! 火影になったって俺は俺だッ! 第七班のうずまきナルトだってばよッ!」
「ナルト……」

目を見張る先生を正面から見上げる。
未だ追い越せないこの身長。
いつもこの姿を追いかけてきたのだと、あなたは知っているだろうか。

「俺は……俺は先生に喜んでもらいたくて……ッ!」
(ずっと、先生の、こと)

「嬉しいに決まってるでしょう!」

突然の強い声、そして掴まれた腕。
先生は何かをこらえるような顔で俺を見ている。

「お前が十二の時からずっと……一緒に夢を見てきたんだから」
「!」

俺のこのちっぽけな世界の、行く道を示してくれたのはいつも。
……いつでも。

「カカシ……先生……ッ」
「こらこら、泣くんじゃないよ。火影になったんだから」

泣きたいのは俺の方だよ、と耳元で本音が聞こえる。

「もうお前の前に立って守ってやる事もできない。師として教えを授けてやる事も……先生と呼ばれる事も……」

あの甘やかな過去には戻れないのだと先生の言葉で気付かされた。
俺を守ってくれた腕は、これからは別の誰かを守っていくのだという事。
(もう俺は守ってもらうだけのガキじゃない)

「分かってたんだ。お前がいつか火影になるという事は俺から離れる事だと。寂しいんだよ……俺は。ごめんな、ナルト」

そう言って微笑む顔が、いつものあの優しい先生の顔だったから。
(……泣かないでよ……)
胸の内で先生が泣いている気がして。
(ううん……俺の前でなら、泣いていいんだってばよ)

一人きりの夢じゃなかった。
一人きりで走り続けたわけじゃなかった。
俺の夢が先生の夢なんだと思えるだけで、こんなにも。

「……教えてくれってばよ」
「何を?」
「先生の、夢」

その夢を、二人の夢にして。
あなたを、この手で。

「……いつまでも、お前の『先生』でいる事だよ」

 

 

―――――――――― この手で。

 

 

「先生……」
「ナ……ルト?」

照れ臭いのを隠すようにその胸に顔をうずめた。
初めて抱きしめた先生の体は俺よりもずっと大人で、
(……俺だけの『先生』でいてほしいんだ)
あなたの手が小さな忍達を守り育てるためにあるのなら、俺のこの手はあなたをこうして抱きしめるためにあるのだから。

決して弱さを見せないあなたを。
あなたの本音ごと、全部を。

「…………ナルト」
「…………うん」
「火影就任おめでとう。……よくやったな」

こうしてぽんぽんと頭を撫でられるのが好きだ。
褒めてもらいたくて必死になったのは、昔も今も変わらないから。
(……先生、今なら、言ってもいいよな……?)
これからはこの人を俺が守っていけるのだという誇りが胸を満たして。
この人へのどうしようもない想いが溢れてくる。

背中に回される腕の温かさ。頬から伝わる体温。
その全てを、俺のものにしよう。

「先生。……火影になった俺の、最初の任務を命じるってばよ」
「何なりと」

 

誰にも渡したくない、俺だけの先生。

 

「ずっと、俺の側にいて下さい」

こうして抱きしめられるほど、近くに。

 

「……好きです」

 

だからどうか、これからもあなたと同じ夢を見させて。

 

 

 

- 了 -