【 仇人 】

胸が痛む。
これは幻なんかじゃない。
あなたの頬に刻まれた、刀傷。
まるで私まで傷を負ったかのように。

あなたの、その小さな背中。
まだ少年の面影を残す人斬り。
そのまま、どうか私の心に気付かないで。
どこかへ消えてしまいたくなるから。

背後で、刀の鍔が夜の闇に光る。

「まだ、休まれないのですか」

燭台を掲げてその姿を振り向けば、彼は少し俯いている。

「いや……」
「どうか、しましたか」

問えば、彼はそっと指で頬の傷に触れた。

「痛みますか」
「そんなんじゃ、ない」

痛むのは、傷?
それとも、心?

「この傷は……」

膝をついてその傷に近付く。

私の、痛みの証。
私の、恨みの証。

「春に負った。それだけだ」

彼はそう言って傷を隠すように顔を背ける。

その傷は。
あの時、私はその傷の意味を教えることはできなかった。

その傷は。
私を想う人が、
私が想う人へ刻んだ、証。

「あなた」

呼べど還らぬ人の、恨みの証。