【 目醒めよ、君 】

貴女の顔を見つめるのは、いつも夜だった。

風の音に目を開ければ夜の闇が忍び寄っていた。
秋の夜更けは静か過ぎて戸に吹き付ける風の音にも過敏になる。
壁にもたれていた背にはいつの間にか巴の羽織がかけられていた。

静寂の闇を、風が走る。

その中にゆっくりと白梅が香った。
視線を向けると布団の中で眠る巴の姿がある。
いつもこうして真夜中に起き、彼女の姿を確認する自分がいる。
そうしなければ安心できない子供のようだと自嘲しながら、それでもこの目でその香りの人を探さなければ不安で仕方なかった。
胸のざわつきの理由は分からない。けれど、その名前は知っている。
生まれて初めて知る、この痛みにも似た想いの名は。

「…………巴」

彼女に声をかける時はいつも、その名を呼ぶ。
そこに彼女がいる事を、その返事で確かめたいがために。
そんな自分に、時に嫌悪と愛着を感じながら。

刀を抱き直し、外に耳を澄ませる。
「明日は雨だな……」
戸がカタカタと鳴る。風が強い。その湿った風が隙間から部屋に入り込む。
布団では眠れない。京に居た頃に告げた自分の習慣に妻はいつも怪訝な顔をする。そしてこの里山に来てからも続けているこの眠りに、彼女はいつの間にか手を差し伸べてくれた。
「冷えますから」と膝に布団を掛けてくれる手は、いつも優しかった。
その漆黒の目は、この俺を映しているのだろうか。
その目を見るたびに思う事を、告げることは無い。

君は、俺を通り越してどこか遠くを見ている。
そんな気がしている。
だから顔を見る事ができずにいるのだ。
その正面に立って瞳を覗いた時、闇に映り込む人影が自分ではないような気がして。
それを見てしまう事が怖くて。

俺は、君の前にいるのか。
君は、俺の前にいるのか。

そんな思いばかり、膨らんでいる。
夫婦として暮らし始めてから、ずっと。
瞳を見交わす事が、できない。

「……巴」

だから、こうして眠る君の顔を見て。
閉じられた瞳の奥を探して。
目覚めて微笑んでくれないかと、そんな願いを抱いて。

「君は……」

その目に、どうか俺を。
どうか。